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Analysis 分析
統合報告書の最新トレンド

人材はリソースではなく「キャピタル」「人的資本」に関する記載が増えている

財務情報と非財務情報を結合した統合報告書は、企業の将来性を測る分析ツールとして投資家など多くのステークホルダーが注目している。宝印刷D&IR研究所の片桐さつき氏に注目企業の取り組みなど最新トレンドを聞いた。
※記事中のデータは特に断りのない限り2025年9月末時点

地銀、新興IT、サービス業など非製造業の発行が増加

── 統合報告書の発行企業数は。

片桐 当研究所の調査では、2025年1月.9月末時点の統合報告書発行企業数は687社で、前年同時期の662社から25社増加した。財務情報と非財務情報を結合する統合思考をベースとした情報開示は、もはや特別な取り組みではなく、なくてはならないものといえるのではないだろうか(図表1)。

統合報告書発行企業の合成株価指数はTOPIX(東証株価指数)を上回っている(図表2)。投資家に対し、自社の企業価値を積極的に伝えていく姿勢は今後も続くだろう。

宝印刷D&IR研究所
取締役
IR/サステナビリティ研究室 室長
片桐さつき
【図表1】統合報告書発行企業数(2025年1月~9月末)
【図表1】統合報告書発行企業数(2025年1月~9月末)

※「JPX日経インデックス400対象企業」「日経225対象企業」「TOPIX500対象企業」「JPX ESG LINK」「時価総額1000億円以上の企業」 のほか、研究室の調査活動で確認できた企業その他法人を対象(学校法人を除く)。
※「狭義の統合報告書」とは、統合報告フレームワークなどの統合報告ガイダンスを参考にして制作されている
報告書、または冊子やWEBサイトでレポート名を統合報告書・統合レポート等と題されている報告書を指す。
出所:宝印刷D&IR研究所

【図表2】統合報告書発行企業の合成株価(2025年9月末)
【図表2】統合報告書発行企業の合成株価(2025年9月末)

※2025年9月末時点での統合報告書発行企業687社(内45社非上場除く)の株価を指数化した単純平均値比較。
出所:宝印刷D&IR研究所

── 業種や市場区分での違いは。

片桐 製造業が313社(45.5%)となり、2024年末の48.6%から減少した。従来多くの企業がCSR(企業の社会的責任)報告書や環境報告書を発行してきたが、特にその必要があった業種が工場などの製造設備を有する製造業だった。現在は地方銀行、新興IT企業、サービス業など非製造業における統合報告書発行割合も増加傾向にある。

市場区分では、統合報告書発行企業687社中、プライム市場上場企業が593社(86.3%)とほとんどを占めている。一方、非上場その他が2024年中間の33社から46社に増えており、統合報告書の発行に価値を見出している可能性が想定される。

── 以前に比べてページ数が増えている記事コンテンツはあるか。

片桐 ガバナンスページは毎年増加傾向にあるが、とりわけ人的資本に関する記載が増えている。これは2023年3月期決算より、上場企業などを対象に有価証券報告書での人的資本情報の開示が義務化されたことが影響していると思われる。また、人材をリソースからキャピタルへと認識を変える企業が増えていることは、単に記載量が増えているだけでなく、その情報の質も少しずつではあるが充実してきたことからもうかがえる。

経営人材の育成や自社の研修体系を紹介している企業は440社(64.0%)、ウェルビーイングといった類似表現を含む従業員エンゲージメントなどのフレーズで、従業員満足度調査の結果や施策を紹介している企業は395社(57.5%)と、2024年末を16ポイント近くと大幅に上回った。

ページ数減は逆効果の場合も社内でよく議論を

── 体裁やレイアウトの傾向は。

片桐  私は統合報告書では、まずCEOメッセージを読んだ後に目次を見る。投資家などのステークホルダーにきちんと読んでほしいと考えている企業は目次に工夫をこらし、各記事に誘導するように試みているからだ。

例えば、レゾナックの「RESONAC REPORT2025(統合報告書)」は142ページものボリュームがある。さすがに一気通貫で読むのは難しいが、冒頭4ページを割いて読者フレンドリーな構造を意識した工夫がされている。「読者のみなさまへ」では、今年発行した統合報告書がどんな考えで作成されたのかが記載されている。また一般的な目次の他に「ココを読めばコレがわかる!」というコンテンツを設けており、スムーズに情報にたどりつけるような工夫がされている。

── ページ数を減らす企業も目につく。

片桐 日立製作所が2023年秋に公開した統合報告書は53ページと、前年の106ページから半減して話題となった。これをきっかけに、ボリュームの見直しに拍車がかかった印象だ。IIRC(国際統合報告評議会)が提唱したフレームワークでも情報の「簡潔性」が求められている。

一方で、ページ数が減ったため、統合報告書の分析に以前より手間と時間がかかるとの意見もある。統合報告書の本編には、ページ数減の影響で掲載しきれなかった情報のURLなどが記載されているが、気になる項目についてはいちいちリンク先に飛ばなければならず、かえって面倒との指摘である。何を掲載し誰にどんな行動変容を求めるのか、社内で情報開示に関する議論を深めるべきだろう。

関連サイトや解説動画を確認できるインタラクティブ版PDF

── PDFや冊子のコンテンツをHTML化しWEB上で展開するオンライン化についてはどうか。

片桐 統合報告書発行企業687社のうち、オンライン化を実施しているのは84社(12.2%)にとどまる。WEBでの開示内容もCEOメッセージや社外役員対談などステークホルダーの関心の高い一部のコンテンツであり、統合報告書の本編で読んでもらうためのドアノックツールとして利用していると考えられる。

一方、WEBサイトのリンク先URLをクリックすると当該ページに飛べたり、解説動画を再生できたりするインタラクティブ版PDFを作成する企業は349社(50.8%)と、2024年末の405社(35.2%)と比較して15ポイント以上の大幅な増加を見せている。

本編の内容をフォローする動画を作成する企業も目に付く。サンリオでは、子供たちにもサンリオの成長戦略を理解してもらおうと動画「サンリオ統合報告書スクール2025 for Kids」を公開した。日本語版と英語版があり、キャラクターの認知度の高さと相まって、子供だけではなく、潜在的な個人投資家との双方向性のあるコミュニケーションを実現している。

読み手に対する訴求力を踏まえ、冊子とWEBをどのように使い分けていくのかは、企業にとっての情報開示戦略と捉える必要があるだろう。

── 投資家が活用しやすい統合報告書を目指す傾向が見て取れる。

片桐 機関投資家の中には、統合報告書を効率よく分析するため生成AI(人工知能)に要約を作らせ、気になる項目は統合報告書の本編で改めてチェックしているところがある。生成AIは、テキストの読み込みは得意だが図表類は苦手だ。一部の企業で統合報告書のテキストの比重を高め、文章で読むページを増やしているのは、投資家が生成AIを使った分析がしやすいように意識した改善策といえるのではないだろうか。

── 企業が統合報告書を制作・発行する意義をどう考えるか。

片桐 財務情報と非財務情報を1冊にまとめた統合報告書は、社内のあらゆる部門が関係する。各部門の従業員を巻き込んで制作することで、企業が目指す方向性や重視している経営指標などを共有できる。そうすることで日々の仕事に対する意識も変化するだろう。

こうした統合報告書の「内的効果」はもっと重視されてしかるべきだろう。特に、将来を担う若手社員を企画段階から参加させることは、多くの企業の統合報告書で強調している企業価値向上に不可欠な人材の育成にもつながると考える。